実は起源は飛鳥時代まで遡る!日本男児の歴史を支えた「ちょんまげ文化」のはじまりから終わりまで (3/4ページ)

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ちょんまげの原型となる髪型は飛鳥時代まで遡り、その頃から人気がありました。ただし、その頃のちょんまげは、帽子のムレを予防するためのものだったのです。

飛鳥時代に現在の中国から持ち込まれたさまざまな文化のなかに、鳥帽子というものがあり、この鳥帽子をかぶる文化が貴族たちのあいだで流行します。

この鳥帽子の通気性が悪かったため、ムレを嫌った貴族たちの多くが「髻(もとどり)」と呼ばれる髪型にしました。

髻は頭の頂点周辺で髪を束ねた髪型で、ちょんまげの原型とされています。

鎌倉時代にちょんまげ登場

ちょんまげが現在の姿となったのは、武士が活躍をはじめた鎌倉時代のことです。

武士が戦いに装着した兜も通気性が悪かったため、最初は貴族の真似をして髻にしていました。けれど、「前頭部から後頭部まで髪を剃ってしまった方が涼しいじゃないか」ということから、現在のちょんまげが完成したといわれています。

いかしてるぜ!ちょんまげ!

江戸時代になると、鳥帽子をかぶる文化はなくなります。また、平和な世の中になったことで戦がなくなり、兜をかぶることもなくなりました。

髪を剃る必要はなくなったものの、伸ばしっぱなしだとだらしかったことや、ちょんまげに着物姿が女性に人気がだったことから、ちょんまげ文化が定着したといわれています。

男性たちはマゲの研究を重ね、オリジナルのスタイルを編み出してオシャレを競っていたといいますから、その姿を想像すると微笑ましいですね。

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