最近は「源平合戦」という名称は使われない?理由は源氏と平氏の複雑な内情にあった (2/3ページ)
まず源頼朝の軍勢ですが、実はこちらの主力は平家出身の一族でした。平家が平家に盾突いたというわけです。
後に執権政治を行った北条氏をはじめ、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でもおなじみの三浦氏、和田氏、梶原氏、畠山氏、千葉氏、上総氏などは、いずれも平家の出身でした。
頼朝軍の主だった面々は源氏ではなく、むしろ平家出身者によって占められていたのです。
一般に、源氏は東日本を本拠とし、平家は西日本に拠っていたと思われがちですが、実際には東日本にも古くからけっこうな数の平家が存在していました。
平将門のケースたとえば、かの平将門の乱を起こした平将門の祖父である高望は、名前のとおり平家の出身です。
889年、高望は上総介に任じられて関東に下りますが、任期が過ぎてもその子供たちは帰京せず、下総国を中心に未開地を開発しました。そうして所有地を広げることで勢力を伸ばしたのです。
関東移住三世にあたる将門は下総国佐倉生まれで、平家一族といえどもすでに関東の人間だったのです。