最近は「源平合戦」という名称は使われない?理由は源氏と平氏の複雑な内情にあった (3/3ページ)
平安時代中期には、将門と同じように、平家一族でありながら関東で生まれ育った者が増えていきます。そして平安末期になると、源頼朝の蜂起・台頭とともに頼朝の配下に組み込まれていったのです。
「源平合戦」といっても、それは両軍の総大将の血統によるネーミングに過ぎず、配下の血統までは表したものではなかったのです。
このため、最近では源平合戦とは呼ばず、当時の年号を用いて治承・寿永の乱と呼ばれることが多くなってきています。
参考資料:歴史の謎研究会『舞台裏から歴史を読む雑学で日本全史』2022年、株式会社青春出版社
画像:photoAC,Wikipedia
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