明治新政府に最後まで抵抗した幕末のサムライ・榎本武揚は「最良の官僚」か日和見主義者か? (3/3ページ)
それ以後、特命全権公使としてロシアへ派遣されたり、海軍卿・清国公使・文部大臣外務大臣・農商務大臣などを歴任しました。大物政治家の仲間入りを果たしたと言えるでしょう。
こうした彼の生き方に対しては、当然、強い反発もありました。たとえばかの福沢諭吉は、「二君に仕えるという武士にあるまじき行動を取ったあるまじきオポチュニスト」と酷評しています。
ただ、彼の政策力や外国との交渉力は新政府の官僚の中でも抜群で、彼のことを明治最良の官僚と呼ぶ人もいます。
そうして榎本は維新後は官僚人生をつらぬき、1908年(明治41)まで生き、73歳で亡くなりました。
参考資料:歴史の謎研究会『舞台裏から歴史を読む雑学で日本全史』2022年、株式会社青春出版社
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