なぜそんなことを!?女帝・称徳天皇が側近に下した刑罰はなんと”汚い名前への強制改名”だった (2/4ページ)
2019年2月現在、日本史上唯一の「皇太子を経て即位した女帝」としても知られています。
Wikipedia/孝謙天皇
和気清麻呂は、その称徳天皇の側近だった尼僧・法均尼こと和気広虫の弟でした。事の発端は、称徳天皇が「朕が師」と信頼し、寵愛していた僧侶・道鏡に「法王」という位を新設して与えたことでした。
女性天皇と愛人関係に!奈良時代の僧侶「道鏡」の悪評、実はとんだとばっちりだった…その道鏡に気に入られて出世をと目論んだのか、はたまた天皇と同等の権力を得た道鏡が天皇の位をも狙って嘘をつかせたのかは分かりませんが…大宰府の主神(かんづかさ)を務めていた習宜阿曾麻呂(すげのあそまろ)が「宇佐八幡神の神託」として、こんなことを天皇に奏上しました。
「道鏡を天皇にすれば、天下太平となる」
道鏡を次の天皇にしたいと望んでいた称徳天皇は、神託が本物かどうかを側近の尼僧・法均尼に確かめに行かせようとしましたが、病弱な法均に長旅は無理だったため、その弟の和気清麻呂が宇佐八幡宮へ行くこととなりました……。
