なぜそんなことを!?女帝・称徳天皇が側近に下した刑罰はなんと”汚い名前への強制改名”だった (1/4ページ)
罪人に下される刑罰には、昔から様々なものがありました。よく知られているものには武士の切腹を含む死罪の他、流罪(島流し)、蟄居などがありました。
日本で最初の島流しは5世紀。あらためて知りたい「島流し・流罪」の歴史
江戸時代には火あぶりや鋸引き(のこぎりびき)などもあったというから、恐ろしいですね。
しかし奈良時代に貴族・和気清麻呂(わけのきよまろ)に下された罰は、ある意味それと同じか、それ以上に恐ろしいものでした。
なぜそうなった!?なんと名前を「きたなまろ」に!和気清麻呂に下された刑罰は、大隅国への流罪に加え、名前を「和気清麻呂」から「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」といういかにも汚そうな名前に改名することでした。
当時の天皇は、僧侶の道鏡を天皇に即位させようとしたことで知られる女帝・称徳天皇(孝謙天皇)。
