聖徳太子の誕生エピソード、実は『聖書』を模倣?一見トンデモに見える学説を紹介! (2/4ページ)

Japaaan

用明天皇(Wikipediaより)

ただ聖徳太子は、誕生した当時は皇位継承の候補に挙がることもなく、傍系の立場にありました。

そこから考えると、一皇族の妻にすぎない穴穂部間人皇女が禁中を巡回して諸役人を監督するとは考えられません。

そんなこともあって、『日本書紀』の厩戸皇子誕生をめぐる話は創作ではないかと考えられるようになり、さらに聖書を模倣したのではないかという説が語られるようになったのです。

しかし、そうなると当時の日本には聖書の内容が伝わっていたことになります。そんなことがありうるのでしょうか? にわかには信じがたく、多くの人はトンデモ説のように感じるのではないでしょうか。

しかし実は、『日本書紀』が書かれた頃、唐の長安で学んだ留学生が現地でキリスト教(ネストリウス派)に接する機会がありました。

そして彼らの中には、帰国後に政界の中枢を担った者が少なくなかったのです。

よって、聖徳太子誕生の逸話は、キリスト教のエピソードを知っていた者が厩戸皇子という名にちなんで模倣した創作なのではないかと考える研究者もいます。意外と「ありうる」話なのです。

イエスは馬小屋で生まれていない?

聖徳太子誕生時のエピソードが聖書を模倣したものだという考えも一理あることが分かりましたが、実はこの説も一筋縄ではいかないので注意が必要です。

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