戦国武将たちは合戦のさなか敵味方をどう区別した?源平の時代から続く武人たちの苦労と工夫 (2/4ページ)

Japaaan

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武家の旗印が増えていく

ところが、時代が下るにつれて、旗を二色で分けるだけでは対応できない場面が増えてきました。

特に南北朝から室町時代にかけて政治情勢が複雑になってくると、たとえ同族でも敵味方に別れて戦うケースが増えてきたのです。

そうした戦乱の世では敵味方の識別が命取りになることも多く、何より同士討ちは絶対に避けなければいけません。旗を二色に分ける以外の、分かりやすい識別方法が求められました。

すると、よりわかりやすい目印が求められるようになり、武家の旗印家紋は急速にその数を増していきます。

肥後細川家の独占家紋・細川九曜(Wikipediaより)

旗印や家紋は、各家の誇りと伝統を象徴するだけでなく、戦場での識別においても重要な役割を果たしたのです。

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