戦国武将たちは合戦のさなか敵味方をどう区別した?源平の時代から続く武人たちの苦労と工夫 (3/4ページ)
例えば同族同士で戦う場合は、片方が旗印を変えるなどして敵味方の区別をつけていました。
美意識の高まりとはいえ、まだ問題があります。戦場では、旗印や家紋の細かい違いを確認するのは困難だということです。
そのため、「○」「✖」「▢」といったシンプルな印が武家たちには好まれました。これなら誰にでもすぐ真似して描けますし、遠目にも確認しやすかったのです。
こうした視認性の高い旗印は、戦闘中の混乱を避け、迅速な指揮命令の伝達を可能にしました。
しかし室町時代末期、いわゆる戦国時代に突入すると、「○」「✖」「▢」のようなシンプルさから少し進化して、武将たちがそれぞれ個性を競うようにして独特の旗印を採用するようになります。
戦のさなかでも、武将たちは美意識を追求・発揮するようになったということなのでしょう。もっとざっくりいえば、さらなるカッコよさが求められるようになったのです。
当時の旗印は武将によって形状や文字・模様などに特徴があり、家紋のほか、武将自身の思想・世界観を反映した言葉などが採用されていました。
とくに有名なのは上杉謙信の「毘」や、武田信玄の「風林火山」、それに永楽通宝をあしらった織田信長の旗印でしょう。
こうした旗印に採用された印は、大将から足軽に至るまで同じ意匠のものが用いられました。