なぜ私たちは“推し活”をするのか。推しがくれるものと、奪っていくものとは―― (2/3ページ)

マイナビウーマン

逆に今まで推しがいたことがなかった、という人であれば、この本を読むことで「推しがいる人生とはどんなものなのか」を客観的に理解することもできるだろう。推しがいる主人公にとって、推し活はまさに人生そのもので、その情熱は私たちが探さずにはいられない「生きるための理由」にすらなり得るのだ。

■テーマから垣間見える、推しとファンの複雑な関係

多様性が尊重される現代、今や誰もが、努力や継続によって「何者かになることが出来る」時代になったとも言えるが、その努力を自分のため、自分の目的のためだけに続けられるという人は意外と多くはない。

自分の人生のオーナーシップを握るのは、意外と難しい。自分が本当にやりたいこと、成し遂げたいことを突き詰めるよりも、誰かに喜んでもらえることをする方が、簡単に満足感を得やすい。そしてまさに推し活とは、推しを応援したい、少しでも助けたいというその一心から始まる。

作中では、主人公を通してそんな「推し活の魔力」が描かれていく。主人公と同じく、自分の人生には絶望していても、推しという”他者”のためなら頑張って働けるという人はたくさんいるだろう。

大好きな人のために身を粉にすることは、他人からすればバカバカしく見えるのかもしれないが、自分のためには頑張れないという人の人生に、大きな希望を与える。

だけど身近にある人間関係との違いは、信頼関係が一方的であることだ。ファンがどれだけ推しを応援しても、その関係は決して対等ではない。しかし対等ではないからこそ、推しは夢を見させ続けてくれる存在となる。

恋愛や友情といった関係の中では、相手は自分の思い通りに行動してくれるわけではないものの、お互いの人生を左右し合う。推し活もある意味、お布施という形で推しの人生を左右できるのだが、推しは1人で、ファンは数百、数千なのだから、1:1の関係としては対等にはなり得ない。

言われてみれば理解できる。けれど実際推し活しているオタクは、推しとの間に横たわる毒々しいリアルさには目を向けたくないはずでもある。

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