江戸時代の経済を支えた両替商と「銀座」の意外な関係に迫る! (2/4ページ)

Japaaan

銀座四丁目交差点の夜景

銀座は、伏見・京都・大坂・長崎・駿府・江戸などに設けられましたが、直接製造にかかわっていたのは江戸と京都だけで、1800(寛政12)年からは江戸に統合されました。

江戸の銀座は現在の東京都中央区銀座二丁目のあたりで、明治時代に鉄道の起点となった新橋と、江戸の経済の中心地であった日本橋を結ぶ位置にありました。

そのため銀座通りはにぎわい、「銀座」という言葉は繁華街の代名詞となったのです。

銭貨を鋳造する銭座も各地に設けられていましたが、多くは1700年代後半に廃止されました。現在も静岡市や長崎市などに銭座町という地名が残っています。

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