お城の”松の木”は食用!?戦国時代、武士たちは何を食べていた?籠城戦のため備蓄していたものとは? (3/4ページ)

Japaaan

米の早生品種の代表格「ひとめぼれ」の田んぼ

常に大量の米を確保しておくには、味や収穫量よりも、とにかく早く成長して随時貯蔵に回せる品種であることが重要でした。

例えば、兵員1000名が半年持ちこたえられる米を備蓄すると、一人一日5合を食べるとして5000×180日で90万合。つまり900石という大量の米を集めなければなりません。

しかし戦国時代の合戦では、米を収穫するための領地を争うわけですから近隣の国から米を買うことはできません。

そこで、多少米の質が劣っても、早く収穫できる早生種が植えられたのです。

籠城戦の食糧事情

ちなみに、戦闘が長引くと兵士の疲労を考慮して水を多めにし、ご飯をやわらかく炊きました。こうしてお腹を壊さないように用心していたと言われています。

一方、籠城戦になると、敵地に攻め込んだ軍は盛んに青田刈りを行いました。

青田を刈ってしまえば、籠城中の敵軍は新たな米を補給できなくなります。青田刈りは、敵を城からおびき出す作戦としても有効な戦術だったのです。

ただし、米が尽きても、籠城する兵士たちは草や木の実はもちろん、根や葉まで何でも食べ、抵抗を続けることが多かったようです。

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