戦国時代、最も落城回数が多かったのは織田信長の居城だった「岐阜城」!名城はなぜ頻繁に落城したのか? (3/3ページ)

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江戸時代に想像で描かれたと思われる岐阜城図(Wikipediaより)

そして、岐阜城は周辺が肥沃な濃尾平野であるため、織田のような大勢力が生まれやすかったことも挙げられます。

岐阜を含む濃尾平野は、当時としても農産業が発展しやすく、また伊勢湾の海運もあることから大きな勢力が生まれやすかったのです。

大きな勢力が存在すれば、必然的に戦う回数も増えます。となると、戦う回数が少ない城よりは落城する確率は高くなるわけです。

こうして見ていくと、岐阜城がしょっちゅう落城していたのは偶然ではないことが分かりますね。

参考資料:歴史の謎研究会『舞台裏から歴史を読む 雑学で日本全史』2022年、株式会社青春出版社
画像:photoAC,Wikipedia

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