天皇の「万世一系」をくつがえす衝撃の学説!古代の天皇家に王朝交代はあったのか?【後編】 (3/3ページ)

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しかし、男大迹王は「自分は天子としての才能がなく、力不足である」といって辞退してしまいます。あわてた金村らが必死に懇願し、ようやく男大迹王が承諾して即位する運びとなったのです。

継体天皇は「応神天皇五世の孫」とされています。しかし、継体天皇にはいくつかの謎があり、皇孫であることを疑う専門家・研究者も少なくありません。

中でも一番の謎というか、疑惑を招いていたのが継体天皇の系譜です。

新事実の発見

どういうことかというと、記紀は「応神天皇五世の孫」と記していますが、父である彦主人王と祖先の応神天皇との間の系譜が欠けているのです。

そのため、継体天皇の系譜には信憑性がなく、継体新王朝説によると継体天皇は越の国の豪族であり、武力により皇位を奪ったと見ています。

ところがその後、新たな事実が明らかになりました。

鎌倉時代の『日本書紀』の注釈書『釈日本紀』に引用された文献に『上宮記』というものがあり、これは『日本書紀』よりも古いのですが、なんと応神天皇から継体天皇までの系譜がすべて記されていることが判明したのです。

また近年、継体天皇は前政権の支配機構も、さらに前方後円墳という埋葬方法も継承していることなどから、継体天皇による皇位簒奪はなかった、つまり王朝交替はなかったとする説が有力になってきています。

ということで、現在では神武天皇からの万世一系を唱える学説はほとんどないですが、一方で崇神天皇以降の王朝交替にも否定的な説が有力視されているのです。

参考資料:日本歴史楽会『あなたの歴史知識はもう古い! 変わる日本史』宝島社 (2014/8/20)

画像:photoAC,Wikipedia

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