瀬川(小芝風花)との初恋実らず…失意の蔦屋重三郎(横浜流星)は実際に誰と結婚していた?【大河ドラマべらぼう】 (3/4ページ)

Japaaan

なので蔦屋重三郎の妻について、戒名から実名を推測するなら「義」の方が近い(可能性が高い)でしょう。

その場合、彼女の名前は「よし」または「よしこ(義子)」等ではないかと考えられます。

蔦重の子供に関する記録は少なく、二代目蔦屋重三郎を襲名した番頭の勇助(ゆうすけ)を養子にした他は、実子に関する確かな記録はないようです。

『絵本吾妻抉(えほん あづまからげ)』によると蔦屋重三郎は恵比寿講(ゑびすこう)を開き、妻子(と思われる)と共に商売繁盛・豊作・豊漁を祈願する様子が描かれていました。

この絵を見ると、まだ子供が幼いため、妻が生んだ実子かも知れません。

とある女性との会話

また『艶本枕言葉(つやぼん まくらことば)』では、蔦唐丸(蔦屋重三郎の歌号)と女性のやりとりが描かれており、この女性も妻(又は別の遊女)ではないかと考えられています。

二人の枕元には蔦唐丸へ宛てた手紙(から丸様 赤良)があり、差出人は四方赤良(よもの あから)こと大田南畝(おおた なんぽ。蜀山人)。狂歌師らしく、こんな狂歌が添えられていました。

しめて寝る 二人が中の 二重帯
とけてからまる 夜半のむつごと

※四方赤良

しめて:閉めて、湿って 中:部屋の中、男女の仲 からまる:絡まる、唐丸

最後の「むつごと」は睦言(男女の会話)と六ツ刻をかけたかと思いましたがどちらも夜半(よは。真夜中)ではないため、穿ちすぎでしょう。

そんな狂歌と共に、こんなセリフが記されています。

女性「人のいふ事もききもしねへで、そんならどうとも好きにしたがいひ(人の言う事も聞きもしねえで、そんならどうとも好きにしたが良い!)」

唐丸「モウあやまりあやまり。よくふくれるやつの。こふいふ所をうた丸にかかせてへ(もう謝り謝り。よくふくれる奴の。こう言う所を歌麿に書かせてえ)」

女性「これさこれさ、じやうだんじやァねへ。月成さんのとこからなんといって来た。そしてねぼけさんハいつこよふといはしった。(これさ、これさ。冗談じゃあねぇ。

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