マブダチの「マブ」は遊郭の文化に由来!?マブダチとは一体どんな関係なのか?【大河ドラマべらぼう】 (2/3ページ)
そんな「夫」から逃げられない遊女たちが、「間夫」との一時に救いを求めるのはごく自然のなりゆきでした。
※理由次第で不倫を許容しているようにもとれるので補足しますが、パートナーなDVをするからと言って、不倫してよい理由にはなりません。念のため。
遊女たちにとっては間夫こそが「真夫(マブ)」であり、いつか年季明けや身請けを夢見て、苦しい境遇を共に乗り越えていく真のパートナーでした。
……という悲恋を演じることで二人の気分を盛り上げ、多くの客に「我こそがこの妓(こ)の間夫すなわち真夫なり」と思わせるのが、遊女の技量と言えるでしょう。
いわゆる「心ならず あんな夫と いるけれど 実は誰より あなたが一番(拙)」という口説き文句ですね。
すべて嘘だと分かっていれば振り切ることも出来ましょうが、その奥底に残された一厘の真実がある。そう思いたい。
だからこそ、男たちはいそいそと遊郭へ通い続け、遊女と二人で心身を焦がし続けるのでした。
終わりに
……とまぁこんな具合。もう何が嘘で何が真かなんて分かったモンじゃありません。
しかしそれでも二人は吹けば消え去る幻のような希望を夢に見ながら、生命尽き果てる瞬間まで悶え苦しみ続けるのでした。
と言うのが、厳密な意味でのマブダチなのではないでしょうか。実に複雑怪奇な間柄ですね。