大河『べらぼう』身請け後にいったい何が!?四代目瀬川が自害した真相と彼女の人物像に迫る【後編】 (2/3ページ)
自〇したのは四代目瀬川?
『続談海』によると、宝暦8年(1758年)3月、瀬川が自害したことが記録されています。
記事によればこの瀬川は当年19歳とのことで、遡ると元文5年(1740年)生まれ。
瀬川の名前が宝暦7年(1757年)と記された吉原細見に名前が載っているものの、確か四代目瀬川はその2年前に身請けされ、吉原遊廓を去っているはずです。
これは当時の吉原細見が、既にいなくなった遊女の古い情報も、構わず載せ続けていたためでしょうか。
※それまで杜撰であった吉原細見の改に蔦屋重三郎が着手し、一躍名を高めたのは大河ドラマでも知られるとおりです。
もし吉原細見が誤りで、この自害した瀬川が四代目瀬川だとすれば、彼女は身請けされてから3年後に自害したことになります。
四代目瀬川が自害した真相は?
四代目瀬川の略年表
元文5年(1740年) 誕生(1歳)
寛延2年ごろ~宝暦4年ごろ(1749~1754年)吉原遊女として、松葉屋の抱えとなる(10~15歳?) 時期不詳 四代目瀬川を襲名する(~16歳?) 宝暦5年(1755年) 江市屋宗助に身請けされる(16歳) 宝暦7年(1757年) なぜか『吉原細見』に名前が残る(18歳) 宝暦8年(1758年) 自害(19歳)
四代目瀬川の生涯を、推測も交えながらまとめました。