箸墓古墳は”卑弥呼の墓”で決まりか?日本最大・最古クラスの古墳の秘密に最新学説が迫る【後編】 (1/4ページ)

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箸墓古墳は”卑弥呼の墓”で決まりか?日本最大・最古クラスの古墳の秘密に最新学説が迫る【後編】

年代の不一致

【前編】では箸墓古墳と卑弥呼の関係について説明しました。【後編】では、卑弥呼が活躍した時代と箸墓古墳が造営された時代の年代のズレについての考察などを見ていきましょう。

【前編】の記事はこちら↓

箸墓古墳は”卑弥呼の墓”で決まりか?日本最大・最古クラスの古墳の秘密に最新学説が迫る【前編】

これまで弥生時代は紀元前300年頃~紀元300年頃と言われ、それに続く紀元4世紀~7世紀頃が古墳時代と言われてきました。

ということは、卑弥呼は弥生時代の女王であり、亡くなったのも墓が築かれたのも弥生時代ということになります。

卑弥呼像

つまり、弥生時代に築かれた卑弥呼の墓と、古墳時代前期に築かれた箸墓古墳とでは、年代が合わないというわけです。

箸墓古墳の築造年代については、定説では4世紀、早くとも3世紀の後半以降と考えられており、卑弥呼の没した247、8年頃とは少なくとも30年くらい開きがあると指摘されました。

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