死を隠した3年間、実はバレバレだった影武者…戦国時代の名将・武田信玄の伝説の真相をあばく (3/3ページ)

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ところが、この「死を隠す作戦」は実はバレバレだったのです。

氏政の使者は信玄の死をしっかり報告し、さらに氏政は上杉謙信に通報。謙信は食事中に報せを聞いて箸を投げ捨て、「惜しい人を亡くしたものよ」と涙したそうです。

一方、織田信長は喜び、徳川家康は哀悼の意を述べています。勝頼は「うまく隠せてる!」と思っていたようですが、実際には多くの大名にバレていたのでした。

影武者と信玄の遺志

信玄の死を隠すために使われた影武者は3人いたと伝えられています。

そのうち1人は信玄のすぐ下の弟・武田信繁、もう1人はさらに弟の武田信廉だったとか。氏政の使者が見たのは信廉だと言われています。

武田信繁(Wikipediaより)

影武者作戦自体は面白いアイデアですが、結局バレてしまったのは現代の目線で見ればご愛嬌ですね。

信玄の遺言通り都へ攻め上ることは叶わず、武田家が次第に衰退していったのはご存じの通り。それでも、彼の「常勝軍団」や謀略のイメージは後世に強く残り、今でも語り継がれています。

参考資料:日本歴史楽会『あなたの歴史知識はもう古い! 変わる日本史』宝島社 (2014/8/20)

画像:photoAC,Wikipedia

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