驚きの捜査手法!鬼平・長谷川平蔵が江戸時代屈指の高い犯罪検挙率を誇ったのは何故か?【後編】 (1/3ページ)
犯罪者への温情
【前編】では、「鬼平」こと長谷川平蔵が犯罪捜査において岡っ引を上手く活用していたことについて説明しました。
驚きの捜査手法!鬼平・長谷川平蔵が江戸時代屈指の高い犯罪検挙率を誇ったのは何故か?【前編】【後編】では、彼の独自の情報網と火事への対処について見ていきましょう。
犯罪捜査では、反社会的組織の内情に精通した者の協力が不可欠です。よって、前編で説明した岡っ引も、博徒のような反社会的組織に近い人物が採用されることが多くありました。
中には岡っ引という立場を悪用して悪事を働く者もいたため、正徳2年(1712年)以降、幕府はたびたび岡っ引の使用の禁制を出しています。
とはいえ、『鬼平犯科帳』では火盗改の密偵として元盗賊が活躍しています。実際の平蔵も犯罪者や前科者に対して独特の思いを抱いていたようで、そうした思いが人足寄場の設置などにつながったのでしょう。
