推古天皇は“日本で最初の女性天皇“ではない!?日本最古の歴史書から読み解く知られざる女帝の系譜【前編】 (2/4ページ)
また、この飯豊青皇女はシャーマンだったという説もあり、卑弥呼のような女帝だったとも考えられています。
今回はこのテーマを前編・後編に分けて掘り下げてみましょう。
日本最初の女性天皇近年、新聞やテレビなどで女性天皇や女系天皇の擁立問題が取り上げられるようになりました。
皇位を継ぐことのできる男性皇族が途絶えた場合、女性天皇や女系天皇が皇位を継げば皇統を守り続けることができますが、現行の皇室典範はどちらの即位も認めていません。
そこで、皇室典範を改正して、女性天皇や女系天皇を容認しようというわけです。
歴代天皇の多くは男性天皇ですが、先述した通り過去には8人(10代)の女性天皇が即位しています。そして最初の女性天皇は推古天皇で、「日本最初の女帝」とするのが一般的な見方でした。
推古天皇のことは教科書にも掲載されていますので、その名を聞いたことがある読者が多いと思いますが、ざっとおさらいをしてみましょう。
推古天皇は欽明天皇の皇女で、敏達天皇(第30代)の皇后となった女性皇族ですが、592(崇峻5)年、崇峻天皇(第3代)が暗殺され、593(推古元)年、即位しました。その後は、甥の聖徳太子を摂政として政治を行ったことで知られています。