推古天皇は“日本で最初の女性天皇“ではない!?日本最古の歴史書から読み解く知られざる女帝の系譜【前編】 (3/4ページ)
二つの史料の記述
推古天皇が日本最初の女帝(女性天皇)であることは多くの文献に記されていますが、実は、推古天皇以前に女帝すなわち女性天皇がいたという説もあります。
その根拠は、『日本書紀』にある次のような記述です。
第2代の清寧天皇が崩御したあと、皇太子の億計王と弟の弘計王が互いに天皇の位を譲り合って、長い間、どちらも皇位につこうとしませんでした。
そこで、2人の姉である飯豊青皇女が忍海角刺宮で政治をみて、自ら忍海飯豊青尊と名のったといいます。
奈良県葛城市にある飯豊天皇埴口丘陵(Wikipediaより)
彼女が清寧天皇のあと政治をみていたことは『古事記』にも記されていますが、不思議なことに『古事記』と『日本書紀』の内容は異なります。