藤原京から平城京への遷都の理由…それは「あの人物」の権力誇示のためだった!?【後編】 (2/3ページ)
よって、「より大きな都が必要だった」という説は説得力に欠けます。
衛生問題・飢饉・疫病…でもない遷都の理由については他にもあります。
例えば、『続日本紀』の706(慶雲3)年3月の条に「京城の内外に多く穢臭あり」とあるのを根拠に、藤原京の環境の悪化をあげる説が挙げられます。
また当時は全国的に飢饉が発生し疫病が蔓延していたため、遷都の呪力で災を祓って福を招こうとしたという説などがあります。
しかし、歴史地理学者の千田稔氏は著書で「古代の遷都は、都市環境の変化といった非政治的条件でなされるものではありません。それよりも遷都は権力者の示威的行為です」(『平城京遷都』中公新書)と述べています。
遷都に消極的だった元明に遷都を宣言させ、決行させるだけの「権力者」は大臣級の人物しかいません。当時、そんな人物はいたのでしょうか。いました。
藤原不比等という人物天皇に遷都を宣言させて、それを決行させるほどの、当時の権力者といえば藤原不比等です。