伝説の英雄がたどった晩年…日本海軍の名参謀・秋山真之はなぜ新興宗教にハマった?【坂の上の雲】
日露戦争(明治37・1904年~明治38・1905年)のハイライトである日本海海戦(対馬沖海戦。明治38・1905年5月27日)において連合艦隊は、世界最強と謳われたロシア帝国海軍のバルチック艦隊を撃破しました。
「天気晴朗なれども浪高し」
「皇国の興廃此の一戦に在り」
日本海海戦に臨む東郷平八郎・秋山真之ら(画像:Wikipedia Public domain)
日本の運命を決する作戦を立案遂行した秋山真之(あきやま さねゆき)は、比類なき名参謀として後世にその名を伝えています。
まさに救国の英雄に数えられる秋山真之。しかし彼が晩年、新興宗教にハマったことは、あまり知られていません。
そこで今回は、秋山真之の晩年における宗教遍歴について紹介したいと思います。
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全文読まなきゃ勿体ない!伝説の海軍参謀・秋山真之の文才が光る「聯合艦隊解散之辞」の現代語訳を紹介【坂の上の雲】 大本教への道のり秋山真之は日露戦争後、思うところあってか様々な宗教に入信しました。
分かっている限りで、このようなところに出入りしています。
明照教(浄土宗) 皇典研究会(神道) 天晴会(日蓮宗) 天然社(天然教) 皇道大本(大本教)仏教・神道と言った伝統的な宗教に始まり、天然教や大本教など新興宗教まで、あちこち渡り歩いたようです。
日本を守るためとは言え、日露戦争を通じて敵味方の生命を多く奪ってしまったことに対する、自責の念もあったのでしょうか。
最晩年の秋山真之はいくつもの宗教をハシゴした結果、大本教(おおもときょう)に落ち着いたようです。
大本教主顧問に就任
大本教の教主・出口王仁三郎(画像:Wikipedia Public domain)
海軍機関学校で教官を務めていた浅野和三郎(あさの わさぶろう)との関係がキッカケで、秋山真之は大本教に入信しました。
大正5年(1916年)12月14日には大本教の教主である出口王仁三郎(でぐち おにさぶろう)より招かれて大本教主顧問に就任します。
当時の秋山真之は日露戦争の英雄として、海軍の内外で尊敬を集めていましたから、その影響力は絶大なものでした。
その秋山真之から大本教に誘われたら、それはもう天にも昇る心地で承諾したことでしょう。
かくして海軍の逸材らが次々と大本教へ入信していく様子に、海軍当局が戸惑ったであろうことは、想像に難くありません。
まさに大本教こそが真の教えとばかりに熱中した秋山真之ですが、両者の蜜月はそう永く続きませんでした。
季子夫人が狂乱状態に……。秋山真之と大本教が袂を別ちてしまったキッカケは大きく二つあったと言います。
一つは、秋山真之の夫人・秋山季子(すえこ)の病気。秋山真之は彼女が患った際、医師の治療を退けて大本教の祈祷を選びました。
これはかつて自分の病気が治ったから、という理由ですが、季子夫人には効かなかったようです。
適切な治療を施さなかったせいか、彼女の病状はますます悪化し、果ては狂乱状態にまで陥ってしまいました。
愛する妻をちゃんと治してくれないなんて、アイツら許せん……気持ちは解らないでもありませんが、やっぱりちゃんと医療を受けさせるべきだったのではないでしょうか。
※ちなみに秋山真之の病気が治ったのは、自然治癒力で事足りる軽症だったか、あるいはプラシーボ効果(気の持ちよう)だった可能性があります。
大地震の予言「アシは未来が見える」
秋山真之(画像:Wikipedia Public domain)
そしてもう一つ、秋山真之が大地震が起こると予言したことでした。
「大正6年(1917年)6月26日、大地震が起こるぞ!」
これには流石の出口王仁三郎らも困惑、風説を流布せぬよう諭したそうですが、秋山真之は聞き入れません。
「アシ(私)は未来が見える時がある。かつてロシアのバルチック艦隊が、対馬沖を進んで来るのを、決戦の3日前に見たんじゃ。今回も間違いない!」
秋山真之が霊夢を見たエピソードは前から出口王仁三郎に相談しており、それが入信のキッカケになったとも言われています。
あの頭脳明晰で知られた秋山真之の神がかった作戦は、ひとえにこの霊能力に支えられていたのか……?
周囲は戸惑ったものの、ついに和解を見ることなく、秋山真之は大正6年(1917年)5月に大本教を去ったのでした。
果たして秋山真之の予言は本当に起きるのか……大本教の本部では大地震に備えて固唾を呑んだと言います。
しかし結局大地震は起こらず、いよいよ秋山真之も焼きが回ったかと胸を撫で下ろしたことでしょうか。
終わりに大本教を去った秋山真之は虫垂炎を患い、箱根の地で療養に努めました。
しかし大正7年(1918年)に腹膜炎を併発し、2月4日に小田原で生涯に幕を下ろします。享年49歳。
日露戦争の勝利で救国の英雄と賞賛されながら、新興宗教にハマったことで晩節を微妙なものとしてしまった秋山真之。
果たして彼は、人生の真理にたどり着くことが出来たのでしょうか。
※参考文献:
松本健一『神の罠 浅野和三郎、近代知性の悲劇』新潮社、1989年10月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
