犯罪捜査も上の指示が必要!?鬼平・長谷川平蔵が務めた「火付盗賊改」は意外と制約が多かった (2/4ページ)

Japaaan

巡回は、吉原遊廓、堺町・葺屋町・木挽町などの芝居小屋、相撲興行場、花火会場など、人が多く集まる場所が重点的に行われました。芝居町への臨検は客に迷惑をかけないよう、一人か二人が中に入り、ほかの者は外で待っているというやり方でした。

ちなみに火盗改は、幕府軍の先陣を務める戦闘部隊である御先手組から採用されましたが、三奉行の行政範囲が明確に定められている中で馬や船による移動も自由が与えられ、関東周辺の捜査・捕縛権の自由裁量が認められていました。

また、賊が抵抗すれば切り捨てることも許可されており、取り調べも行うことができました。

制約が多かった火付盗賊改

このように武力と機動力を持った、いわば特別警察にあたる火付盗賊改ですが、だからといって現代アメリカのFBI(連邦捜査局)のように自由に捜査できるわけではありませんでした。

『鬼平犯科帳』では、与力・同心が犯人を慎重に追跡し、盗人宿(アジト)を特定したのちに人数を揃えて踏み込むシーンが多くあります。しかし、実際の捕物でも安易に踏み入ることはありませんでした

例えば、追跡中の犯人が町家に逃げ込んだ場合は踏み入って逮捕することができましたが、捜査の結果家屋に犯人がいることが判明し、そこに踏み入る場合には町役人が随行することになっていたのです。

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