犯罪捜査も上の指示が必要!?鬼平・長谷川平蔵が務めた「火付盗賊改」は意外と制約が多かった (3/4ページ)
『鬼平犯科帳』の舞台である江戸の町並みを再現した羽生パーキングエリア
江戸とその周辺の関東八州の治安維持の担当は細かく決められていました。
町人地や寺社門前町は町奉行、江戸の寺社境内や江戸以外の寺社門前町、僧侶や社人などは寺社奉行、幕府直轄地の天領は勘定奉行と配下の代官の管轄でした。
このような分担制度の弊害から、特別警察である火盗改が生まれたわけですが、行政権が無いために制約も多かったのです。
必須だった「上の指示」例えば、町家や百姓家で賭博が行われていた場合は、発見次第、賭場への踏み込みができました。
しかし、武家屋敷や寺院などでの博打は、町奉行所や寺社奉行所の管轄のため、辻番所(武家地の警備をする番所)に武家屋敷の主の姓名と役職を確認し、長官の指示を待つことになっていました。
武家屋敷や寺院に犯人とおぼしき怪しい人物がいる場合も安易に踏み入ることはできず、同様の手続きが必要でした。
江戸府外を巡回する場合は勘定奉行に通知する必要があり、勘定奉行から巡回地を管轄する代官に連絡されました。
組織で働いている人なら、こうした「いちいち上の指示を仰がなければならない」やり方の面倒臭さはよくご存じでしょう。ここまでの文章を読んだだけでも、意外と鬼平も大変だったんだなと思うのではないでしょうか。