日本文化の奥にひそむ問い――「日本の禅」と出会い響き合ったドイツ哲学者たち【後編】 (1/2ページ)

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日本文化の奥にひそむ問い――「日本の禅」と出会い響き合ったドイツ哲学者たち【後編】

ハイデガーの哲学が、日本の禅と響き合ったことには、もう一人重要な人物が関わっています。それが、ハイデガーの弟子であり、心理学者・心理療法家でもあったカールフリード・グラフ・デュルクハイムです。

カールフリード・グラフ・デュルクハイム (wikipediaより)

※【前編】の記事はこちらから↓

日本文化の奥にひそむ問い――ドイツ哲学者達はどのようにして「日本の禅」と出会ったのか?【前編】

デュルクハイムは1896年、バイエルン地方の貴族の家に生まれました。18歳のとき、第一次世界大戦に志願し、激しい戦場で4年間を過ごします。戦後、ミュンヘン大学とキール大学で哲学と心理学を学び、博士号を取得しました。

しかし、母方の祖母がユダヤ系であったため、ナチス政権下で学術界から追放される運命をたどります。

その後、彼は文化外交官としての優れた能力を認められ、1938年に日本へ派遣されました。帰国をはさんで、1940年から1947年まで、戦時下の日本に長期滞在することになります。

この滞在中、デュルクハイムは日本の禅と出会い、深い影響を受けました。

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