”何もない” に宿る美しさ……古来から日本文化が大切にしてきた「間(ま)」とは?

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”何もない” に宿る美しさ……古来から日本文化が大切にしてきた「間(ま)」とは?

私たちの多くは普段、賑やかで活気のあるものに目を向けがちです。

一方、日本の文化では、「何もないところ」や「静かな時間」にこそ、美しさや意味を見出してきました。その中心にあるのが、「間(ま)」という考え方です。

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松林図屏風の左部分。 長谷川等伯 wikipediaより

「間」とは、空間の“あいだ”や、音と音の“すきま”、人と人との“沈黙の時間”などを指す言葉です。ただの“空き”ではなく、そこに流れる気配や空気、時間の感覚までをふくむ、豊かな美意識なのです。そして、この「間」の感覚は、日本と西洋を比べると、はっきりとした違いが見えてきます。

たとえば建築の世界。西洋の建物は、石やレンガなどでしっかりと壁をつくり、内と外をくっきりと分ける発想が基本です。空間は「囲い込むもの」として考えられてきました。

京都 瑠璃光院

一方、日本の伝統的な建物では、障子やふすまといった、開け閉めができる“柔らかい仕切り”が使われます。風や光、人の気配がゆるやかに流れることで、空間に「余白」や「あいまいさ」が生まれるのです。ここにも「間」の美学が息づいています。

音楽にも違いがあります。
西洋音楽では、メロディーやハーモニーを重ねて、空間を音で満たすことが重視されます。
それに対して、日本の伝統音楽――たとえば尺八や能楽――では、「音を出していない時間」こそが大切にされます。音と音の“あいだ”にある沈黙が、聴く人の心を動かすのです。

さらに、会話の中にも「間」はあります。
西洋の文化では、沈黙は「気まずい」と受け取られることもありますが、日本では、少しの沈黙が「相手を思いやる時間」として自然に受け入れられることがあります。
すぐに答えず、一拍おいてから返事をする――その“間”に、言葉では伝えきれない感情や敬意が込められているのです。

このように、「間」は日本の建築・音楽・言葉など、あらゆる文化の中に息づいています。
西洋が「形」や「音」で満たすことを重視するのに対し、日本は「あえて残す」「あえて沈黙する」ことで、美しさや深さを表そうとする文化なのです。

現代のように、予定が詰まり、情報があふれる時代だからこそ、「間」が教えてくれる静けさの価値に、改めて目を向けてみるのもよいかもしれません。何もないように見えるところに、豊かさがある。それが、日本の「間」が伝えてくれる〈美のかたち〉なのかもしれません。

参考文献

剣持 武彦 『間の日本文化 (講談社現代新書 495) 』(1978 講談社 ) 末利光 『間の美学―日本的表現 (三省堂選書 163) 』(1991 三省堂) 石井 宏 『西洋音楽から見たニッポン: 俳句は四・四・四』(2007 PHP研究所)

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