実は戦国初の天下人は信長ではない!京都を制した真の革命児・三好長慶の知られざる功績の数々 (1/3ページ)

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実は戦国初の天下人は信長ではない!京都を制した真の革命児・三好長慶の知られざる功績の数々

知られざる「天下人」

戦国期における「天下人」という場合、一般には織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三英傑を指します。しかし近年、信長以前に「天下」を制した戦国武将として三好長慶(みよしながよし)[1522~60年]が注目されています。

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三好長慶像(Wikipediaより)

当時のキリスト教宣教師の文献にも「天下の支配者」などとして紹介されており、その知名度は海外にも広がっていたことが伺えます。

「天下」とは日本全国を意味すると捉えがちですが、戦国期は山城・大和・摂津・河内・和泉の京都周辺の畿内5か国を指すのが普通でした。政治の中心だった京都と、経済の中心だった堺が含まれる、いわば現代の首都圏にあたるエリアです。

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