転職、昇進――周りと比べて焦る春。新生活を“迎えない”人が落ち込まなくていい理由 (1/3ページ)
■変わらない春に
桜が咲く頃になると、受信ボックスに「退職のご挨拶」メールが舞い込んでくるようになる。
年度末のあわただしさに紛れて、かつて仕事で接点のあった誰かが人生のターニングポイントをさりげなく打ち明けてくる。転職、独立、起業、海外、充電期間――。
文面には定型文で「非常に名残惜しく……」と書いてあるけれど、画面の奥には、今よりも広くて自由な世界に向かう決意がちらついていて、少しまぶしい。
SNSでもさまざまな報告が並び、みんなが次のチャプターへ進んでいくなかで、自分には何も「ご報告」するようなことが無いのだなと気づいてしまう。変わらなかった人間の春は、妙に静かで、ちょっと肩が冷える。
変化がないという現実は、ときに思いのほか大きな孤独感や焦りを連れてくる。誰かが新しいステージに立つ姿を見るたび、自分だけ取り残されているような錯覚に陥ることがある。
人生の更新ボタンを押し忘れているのは私だけなんじゃないか――そんなふうに思ってしまう瞬間が、春にはたびたび訪れる。
■「常に成長し続けなければならない」という固定観念
けれど、ここ数年で少しずつ考え方が変わってきた。
社会人になったばかりの頃は、「変化」こそが成長だと信じて疑わなかった。目に見える成果、わかりやすい昇進や評価、新天地へのチャレンジ。そういったものを持っている人が「前に進んでいる人」だと、単純に思っていた。
でも今は、大きな目標に向かって駆け込むよりも、目の前の小さなハードルをひとつずつ丁寧に越えていくほうが、ずっと難しくて価値があるんじゃないかと感じている。
それに「常に成長し続けなければならない」という焦りも、よくよく考えてみれば、どこか不自然なプレッシャーだったように思う。 無理をしないで立ち止まること、自分の持ち場を淡々と守ること、昨日と変わらない仕事をきちんとやること。そういう静かな積み重ねのなかにも、確かな成熟はあるはずなのに。