不器用な男の末路!幕末「新選組」の中で唯一、女性問題で切腹した組長・松原忠司の不可解な最期 (2/5ページ)

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柔術の流派の開祖

播磨国小野藩(現在の兵庫県小野市)出身の忠司は安政4年(1856)に小野藩から退去命令が出てしまいます。理由ははっきりしておらず、退去後は大坂で過ごしていました。

大坂では船川楫之輔から学んだ柔術、天神真楊流(てんじんしんようりゅう)から派生した流派、北辰心要流(ほくしんしんようりゅう)を興し道場を開いていました。

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