不器用な男の末路!幕末「新選組」の中で唯一、女性問題で切腹した組長・松原忠司の不可解な最期 (3/5ページ)
天神真楊流の型/Wikipediaより
門下生には新選組隊士で美男五人衆の一人、佐々木愛次郎がいたとされています。愛次郎は文久3年(1863)の新選組の前身である壬生浪士組結成を機に松平容保の要望で柔術を披露しています。
忠司もその時期に加入し、キャリアと技量から幹部に任命されます。同じ道場主の立場の近藤勇とは気が合っていたかもしれませんね。
呼び名は今弁慶壬生浪士組が結成されて程なくして長州藩を筆頭とした攘夷派閥を京都から追放した八月十八日の政変が起こります。
忠司も壬生浪士組の一員としてこの事件に出動します。その時のいで立ちが坊主頭に白い鉢巻きで大薙刀を構えていたので「今弁慶」と呼ばれていました。
歌川国芳画:義経 弁慶と五条の橋で戦ふ/Wikipediaより
このような格好しているので見た目的に怖そうなイメージがあると思いますが、「親切者は山南と松原」の言葉が残っているくらい温厚な性格でした。