実はただの盗人です!江戸時代の盗賊「鼠小僧」はなぜヒーローとして伝説化されたのか? (2/3ページ)
行く当てのなくなった次郎吉はさらに生活が荒れてしまい、ついに博打に手を染めることになります。
その生活も長くは続かず、お金が底を尽きた27歳の時に次郎吉は盗人家業へと足を踏み入れていきました。
次郎吉、闇に堕ちる盗人として盗みを楽しんでいた次郎吉は文政8年(1825)に土浦藩上屋敷に忍び込んだ所を捕まってしまいます。
文政6年(1823)から28か所32回の盗みをしていたのにも関わらず、次郎吉は尋問で「今回の盗みが初めて」と言いのけました。
その後は父の元に身を寄せますが、博打の資金欲しさに再び盗人家業を始めます。
次郎吉は天保3年(1832)5月に上野国小幡藩屋敷で捕まるまでの7年間、71か所90回に及ぶ盗みを行っていました。
その全てが武家屋敷であり、理由は一度忍び込んでしまえば広大で閑散としていて自由に動けるからでした。他にも自身の武家屋敷に泥棒が入ったとしても世間体を気にして誰にも言えないという理由もありました。
しかも盗みで手に入れたお金は全て博打で使っていたので捕まった時、次郎吉にはお金がありませんでした。
拷問を受けた3か月後の8月。次郎吉は市中引き回しの上、獄門の刑に処され36歳でこの世を去ります。