日本最古の”怨霊”!悲劇の皇族「長屋王」の呪いは現代にも残り続けている…? (1/3ページ)

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日本最古の”怨霊”!悲劇の皇族「長屋王」の呪いは現代にも残り続けている…?

人が深い恨みを残して亡くなれば、怨霊と呼ばれるようになった例はいくつかあります。

中でも日本三大怨霊の「菅原道真・平将門・崇徳院」は有名ですが、

怨霊と恐れられた菅原道真が「学問の神」へと神格化。人々に祀られるようになったわけ【前編】

それ以前に日本史で初めて怨霊となった悲劇の皇族がいました。その名を「長屋王(ながやおう 又は ながやのおおきみ)」といい、飛鳥時代から奈良時代に存在した皇族になります。

皇族として権力を誇っていた長屋王

長屋王像(南法華寺蔵、江戸時代)Wikipediaより

長屋王は第40代天皇・天武天皇の孫にあたる人物です。妻の1人である吉備内親王の兄は第44代天皇・元正天皇であったことから、天皇の信任を得ていたとも言われています。

時の権力者である藤原鎌足の次男・藤原不比等に次ぐ位置に、早い段階で駆け上がった事実から考えても、特別な存在だったのでしょう。

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