「べらぼう」今さら聞けない…実在した人物で蔦重の養父・駿河屋市右衛門(高橋克実)とは何者なのか? (2/4ページ)

Japaaan

駿は駿河屋の頭文字ですね。

駿河屋は吉原遊郭の仲之町にある引手茶屋で、安永3年(1774年)から蔦重が板元「耕書堂」を開業すると、草創期からこれを支援していました。

また支援するだけでなく、自身も安永5年(1776年)に蔦重の耕書堂から読本『青楼奇事 烟花清談(せいろうきじ えんかせいだん。又は烟花清談)』を出版します。

これは吉原遊郭の昔話を中心とした短編集で、中には自身や周囲の逸話や、『雨月物語』などの影響を受けた怪談なども盛り込まれていました。

よの中は 山の奥こそ 栖(住み)能(よ)けれ
草樹は人の とか(咎)を云ねは

※葦原守中『青楼奇事 烟花清談』序文より(中将姫の和歌を引用)

【歌意】この世で暮らすなら、街中よりも山奥の方が住みやすい。草木は(人間と違って)他人の粗探しをしない(咎を言わない)から。

何となく、江戸市中からいわれなき差別を受けて来た吉原者の偏屈ぶりが感じられますね。

意外と純粋?な感性を持つ歌人としても活躍

葦原駿守中『烟花清談』の一場面。

それにしても、劇中では本なんて読みもしないようなキャライメージですが、物語を書くような文化人だったとは意外です(階段から投げ転がすのは勘弁してください)。

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