宅飲み、居酒屋のルーツは江戸時代に!現代人よりも酒を飲んでいた江戸の「酒文化」の実態【後編】 (2/3ページ)

Japaaan

これはおそらく、最初は1升を基準にして、半分、更に半分、という意識だったのが、小口需要が増えて1合を基準にするようになったからと推測されます。

日銭を握りしめ、その日の酒を買いに来る小口客がどっと増え、酒屋もそれに合わせて商売したのでしょう。庶民も比較的容易に小金を手にする時代になったのです。

その日暮らしでも酒が飲めるぞ

江戸中期、江戸の人口は100万人に達したと言われています。武士が多く、町民の人口も男性が女性を大きく上回っていたと考えられ、男性人口の多さも酒の消費につながったのでしょう。

荻生徂徠(Wikipediaより)

そういえば著名な儒学者である荻生徂徠は、地方で雑穀を食べ、濁り酒を飲んでいた人々が、江戸に来れば「米・味噌を食し」「よき酒をのみ」という生活を送ることができると記しています。

しかもそれは定職に就かなくても可能で、その日暮らしの稼業でもそうした生活が可能だと述べていました。

こうしたことからも、晩酌文化の発展は、江戸の町の特殊な様相だったことが分かりますね。

祭礼以外でも酒が飲めるぞ

こうした江戸の酒事情は、これまでも、前述の荻生徂徠のような同時代人の著作物や落語などから窺い知ることができました。

しかし、江戸と地方の違いや、後の時代へのつながりなど、はっきりしない部分も少なくありませんでした。

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