悪名高い”開拓使官有物払い下げ事件”の真相!五代友厚の名誉を取り戻した“幻の史料”とは?【後編】 (2/3ページ)
この弁明書の存在も長く世に知られることがなかったため、誤った記事を根拠とした五代像が定説として流布したのでしょう。
名誉回復をめざして近年は、そんな五代の名誉を回復しようという活動が、大阪市立大(現・大阪公立大)の関係者によって進められています。
そのひとつとして、事件の記述の見直しを教科書会社各社に求めたところ、事件における官有物の払い下げ先が「開拓使官吏が退職して設立する予定の民間会社」に改められたことが挙げられます。
教科書の記述も、史実に沿ったものに変わりつつあるのです。
実は、この大阪公立大学は五代が設立した大阪商業講習所がその前身にあたります。ほかにも、大阪株式取引所(現・大阪取引所)や大阪商法会議所(現・大阪商工会議所)の設立など、五代が大阪の発展のために成し遂げた事業は枚挙にいとまがありません。
「政商」の悪いイメージが流布され、立派な功績も打ち消されてきた五代友厚ですが、ようやく彼の正当な評価がされてきたと言えるでしょう。
渋沢栄一との交流ちなみに五代友厚は近代日本経済の父・渋沢栄一と対比されることもあり、「東の渋沢、西の五代」と言われています。
立場は違えど、幕末期にともに西洋を訪れ、そこで得た最新の知識や技術を日本の国力増強に生かした点は共通しています。