江戸時代、女性はなぜここまで虐げられた?吉原遊女の実態をジェンダー史で読み解く (2/5ページ)
女性は、中世には認められていた家督や財産の相続も許されなくなります。娘しかいない家では婿取りが必須となりました。
離婚についても、離婚の権利があるのは夫だけ。しかもその際には夫が妻に再婚を許可する「三行半」という文書を作る慣習もありました。
「別れたい」と願う女性側には不利で、このため三年間在寺すれば離婚できる縁切寺に駆け込む女性も多かったといいます。
寺に逃げるしかない!江戸時代、自ら離婚できない女性を救済した”縁切り寺”とも呼ばれた「駆け込み寺」の仕組み 縁切り寺という強硬手段!妻からの離婚はかなり難しかった江戸時代の離婚事情女性の庶民にとっては、暗黒時代だったと言えるでしょう。
また明治維新後は、政治の表舞台からも女性が排除されました。明治憲法では、欧米に倣って女性の参政権を認めず、また皇位を男子に限る皇室典範も定められます。
女性の参政権が認められたのは昭和20年(1945)のことです。
幕府公認の性売買ビジネスさて、ジェンダー史学のから歴史を見た場合、避けて通れないのが性売買の問題です。

