片腕の志士・伊庭八郎と土方歳三の友情|幕末に散った親友二人の切ない運命とは (2/4ページ)
流泉小史「新選組剣豪秘話」によると、伊庭八郎は天然理心流の試衛館道場に3日もあけず遊びに来て、歳三ほか近藤勇、沖田、永倉らと蕎麦を食べていたといいます。
特に歳三とは馬が合ったらしく、勇の父・周助にお小遣いを貰っては2人で吉原遊廓に通ったという話もあります(真偽に関しては諸説あり)。歳三にとって近藤勇は無二の親友でしたが尊敬する存在でもあり、悪所通いに誘える対象ではありませんでした。
そういう時には悪友・八郎の出番。八郎は当時からイケメンで有名だったので、歳三と2人で吉原を歩けばさぞやモテた事でしょう。
やがて歳三らは上洛し、新選組を結成。一方の八郎は江戸に残り、幕臣子弟に剣術等を指導する講武所の教授に。離れた地で互いに幕府のために奔走していた2人でしたが、くされ縁とはこの事でしょうか、再び巡り会う事になるのです。
戊辰戦争での再会
1868年、旧幕府軍VS新政府軍の戊辰戦争が京で勃発。連戦連敗でしだいに追い詰められた歳三ら旧幕府軍は戦いを重ねながら北上し、ついに北海道箱館に到達します。その地で、くしくも後から箱館に渡ってきた昔馴染みの八郎と再会したのです。
しかしその時にはすでに、八郎の左腕から先は無くなっていました。箱根における小田原藩との戦闘で深い傷を負い、切断したのです。
片腕を失った八郎の図。芳年「競勢酔虎伝 伊場七郎」Wikipediaより
※↑本来切り落とされたのは左腕。