お手本はアメリカ。天下の日本銀行はなぜ誕生したのか?西南戦争と紙幣整理の真相 (2/4ページ)
ですから、日本銀行は日本の銀行の中心、つまり中央銀行ということができます。
では、その日本銀行はいつ頃、なぜできたのでしょうか。そのもともとの原因は西南戦争にありました。
1877(明治10)年2月に西南戦争が勃発すると、膨大な戦費を調達するため、国立銀行紙幣や政府の紙幣が大量に発行されます。
当時流通していた紙幣はどちらも正貨に兌換できない不換紙幣でした。だからいくらでも発行できたのですが、発行すればするほど紙幣の価値は下がり、激しいインフレーションが起きてしまったのです。
ちなみにインフレーションとは貨幣が増えすぎてお金の価値が下がり、物価が上がる現象です。こうなると、ものが売れなくなり経済が停滞します。現代の日本と同じ状況ですね。
不換紙幣整理のための荒療治当時、大蔵卿(現在の財務大臣)だった大隈重信は「紙幣を増発してインフレーションになったとしても、いずれ好景気になれば税収が増える」と主張しました。
しかし、国会開設時期をめぐる政府内部の対立により、1881(明治14)年に大隈重信は失脚して政府から追放されてしまいます。
大隈重信にかわって大蔵卿に就任したのが松方正義です。