【史実】織田信長は日本史初の”スナイパー忍者”に狙撃されていた!狙撃した忍者たちの結末 (3/3ページ)

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ところが、信長をねらったのは彼だけではありません。

次に鉄砲を手にしたのは、伊賀の忍者・城戸弥左衛門(きど やざえもん)。この男は一向宗という仏教の信者で、信長が比叡山を焼き討ちし、一向一揆を弾圧したことに深い恨みを抱いていたとされます。

1579年、信長が琵琶湖のほとり・膳所(ぜぜ)を通りかかったときのこと。森の中にひそんでいた弥左衛門が鉄砲を発砲し、信長がさしていた赤い傘の柄が吹き飛びます。しかし、信長はまたしても無傷。

なんと弥左衛門は、その翌日、「犯人を探します」と自ら申し出て、まさかの捜査役に名乗りを上げます。信長もまさか撃った本人がそんなことを言うとは思わず、信用してしまったようです。

弥左衛門、再び信長暗殺を計画

1581年には、再び伊賀で信長の視察が行われると知った弥左衛門が、仲間とともに暗殺を計画。

ふたたび鉄砲が放たれましたが、命中したのは信長の家臣たちだけで、本人にはかすりもしませんでした。

ついに密告によって正体がばれた弥左衛門は捕らえられ、激しい拷問にも口を割らず、最後には自ら命を絶ったといいます。その背後には、本願寺の僧・教如(きょうにょ)の存在があったとも伝えられています。

こうして、信長は生涯に何度も命を狙われながらも、そのすべてを奇跡のようにかわしてきました。

本能寺の変で明智光秀に討たれるまで生きのびたということは、これらの暗殺はすべて失敗だったということ。

もし、どれかひとつでも成功していたら、日本の歴史は今とはまったく違っていたかもしれませんね。

参考

長谷川 ヨシテル『あの方を斬ったの…それがしです』(2018 ベストセラーズ) 江宮 隆之 「魔王・織田信長を2度狙撃したスナイパー忍者【音羽の木戸】」 『歴史人』 「杉谷善住坊の解説~織田信長を狙撃した未だに謎多き戦国スナイパー」『戦国武将列伝Ω 武将辞典』

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