「べらぼう」史実では違った歌麿と蔦重の出会い。歌麿ブレイクから入牢〜転落〜衰弱までの真相 (2/5ページ)
田沼意次の代わりに、天明の飢饉で餓死者を出さなかった白川藩の松平定信が老中と抜擢されます。
松田定信が掲げたのは質素倹約を旨にした「寛政の改革」。それは出版業界にも及び、「出版統制令」で艶本や幕政批判や風刺本を禁ずるものでした。狂歌も規制の対象となり、狂歌サロンの大田南畝も幕府の不興を買って、引退状態となってしまいます。
めげずに幕政批判をした蔦重は、ざっくりいうと、財産を半分没収されてしまいます。
さて、どうするか。
そこで目を付けたのが浮世絵の美人画です。ここで歌麿が活躍します。
大河『べらぼう』に登場か!?喜多川歌麿の名作「寛政三美人」実在したモデルの正体は誰? ドラマと実話、ここが違う! 幼少の頃から弟分として描かれたが、しかし実際に耕書堂にきたのは蔦重が日本橋に店を構えた後。