『べらぼう』胸が詰まる“桜”の演出…田沼意知と誰袖の幸せな桜、悲劇を招いた佐野の枯れ桜【前編】
「よろしく頼む。蔦屋重三郎」
田沼意知(宮沢氷魚)と蔦屋重三郎(横浜流星)の心が通い合い、信頼という絆が芽生えた瞬間でした。
大河「べらぼう」の27回、『願わくば花の下にて春死なん』。
※前回放送の振り返り記事:
『べらぼう』ついに佐野政言が刺殺の暴挙!あまりの急転落に視聴者のメンタル限界に…浅間山の噴火をきっかけに田沼政権への民衆の怒りが爆発、深刻な米不足など世の中の状況はどんどん悪化していく中、なんとか世の中を上向きにしようと考える二人の心は一つになります。
天明の噴火(西暦1783年)、浅間山、図面 1。浅間山の天明大噴火を描いた「浅間山夜分大焼之図」
『願わくば花の下にて春死なん』とは、以前、誰袖(福原遥)と意知の想いが通じ合ったときに登場した、西行の辞世の句です。
“桜”を愛した歌人としてしられた西行。
今回の「べらぼう」の主役は、さまざまな姿の“桜”が主役でした。
“夢”に描いた桜、明るい陽光のもと輝いて見えた桜、「本来なら“うちの桜”だったのに」と無念の思いで見上げる桜、生気を失った枯木なのに人間を支配し続ける“家”の象徴である桜。
その「桜」をめぐり、描かれた二人の家の“父と息子の葛藤”。そこに、重なる男女の愛……あまりにも切なくも哀しい運命の展開を回想してみました。
誰袖の身請け話を反故にしないでと頭を下げる蔦重
「食うことに精一杯になれば、本は我慢、普請は諦めよう……そうやってどんどん金の巡りが悪くなる」
「食えないということは何かもが悪い方向に向かう。その流れを断ち切るのが政だ」という考えから、米問題について“日本橋の旦那衆と考えた提案”を、田沼家に出向き意知に伝える蔦重。
さらに、田沼家の評判悪化により誰袖の身請け話が流れそうなことを心配する蔦重は「どうか誰袖花魁を身請けしてやってはいただけませんか? 」と意知に頭を下げるのでした。
吉原の内情を嫌というほど目にしてきた蔦重。花魁は、身請けが無くなればずっと体を売り続けなければならない仕事です。一緒になろうと決意した瀬川花魁(小芝風花)が、客をとっている真っ最中の姿を見させられた過去は忘れられないでしょう。
誰袖は、少女時代から知っている吉原の仲間です。身請け話が流れてしまうのはあまりにも不憫と胸を痛めたと思います。
瀬川に約束した “吉原の女郎の夢”を忘れてない蔦重
以前、蔦重が「吉原の女郎たち皆にいい身請け話がきて、この大門を出ていける日が来る。そういうところにしたい」と、“夢”を語っていたのを思い出す場面でした。
最近は、長羽織など上等な着物を着こなし、妻のてい(橋本愛)と結ばれて、日本橋の旦那衆にも認められ……と、すっかり貫禄が出てきて「日本橋の旦那」ぶりが板についてきた蔦重。
若い頃の元気な江戸っ子ぶり思い出すと、ちょっと寂しい感じもしていましたが、やはり気持ちは“吉原者”でした。「吉原の女郎を幸せにする」という、べらぼうな“夢”は忘れていませんでしたね。
こうやって瀬川の存在を感じさせてくれたり、蔦重が瀬川と語った“夢”や“約束”を忘れてしまったわけではないと思わせるセリフを入れたりという脚本は、瀬川ファンとしてはうれしいところです。
花魁との約束を果たす覚悟だった意知
蔦重の願いに対し、「そちらはもう手を打ったぞ」という意知。
「表向きは部下の土山宗次郎(栁俊太郎)が身請けをする形にして、約束を果たしたい」という手紙を誰袖に送っていたのでした。
誰袖花魁は、史実では土山宗次郎に身請けされたのですが、ドラマでは意知と結ばれるため“土山宗次郎のめかけ”という形で身請けするという、意表を突くストーリーに。
さらに「かつて源内殿を見捨てよと言ったのは私だ」と告白し、平賀源内(安田顕)を大義名分のもとに見捨てた後悔を語ります。自分のためにいろいろと尽力してくれた花魁を「またもや打ち捨てるでは、人としてお話にもなるまい」と微笑む場面は、胸にくるものがありました。
源内の意志を引き継ぐ覚悟、誰袖の約束を守る覚悟など、意知の胸の内を明かされ「私に何かできることがあればお申し付けください…」と答える蔦重。
それに対して笑みを浮かべた意知が言ったのが、冒頭の「よろしく頼む。蔦屋重三郎」です。
二人の心が通い合い、信頼という絆が芽生えた瞬間。蔦重をフルネームで呼ぶところもよかったですね。
このセリフ。瀬川が“五代目瀬川を継ぐ決意”を伝え、「吉原を何とかしたいと思ってんのはあんただけじゃない。だから礼にゃ及ばねえ。けど……任せたぜ、蔦の重三。」を思い出した人は少なくなかったようですね。
部下に「頼んだぞ」と言いながら、失敗したら知らん顔して相手のせいにして何の責任も取らない人間たちとは大違い。
意知と瀬川の「頼んだ」は、相手におんぶに抱っこで任せるのではなく、「自分が責任を背負う」と腹を決めた人間のすがすがしさと覚悟が伝わる言葉だと思います。
想いが通じた満開の“桜”に花をつけぬ“桜”が重なる意知が胸のうちを明かし蔦重が思わず涙を浮かべた頃。
誰袖は意知からの手紙を読みます。恐る恐る文を広げて読み進む誰袖の手は、「別れの言葉が書き連ねてあるのだろう」という悪い予感に震えているようでした。
けれども書いてあったのは「そなたに会えないのは辛い。そこでとりあえず、土山が身請けしたと体裁にして吉原からだす。それでもよいと思ってくれるならば申し出を受けてもらいたい」という意知の求愛。
安堵と喜びで涙を流しながら、ちょっと震える声で「身請けの話はもう無くなったと思いんしてな」と微笑みながら言う誰袖。本当にそう思っていたんだなと感じて、胸が詰まるようでした。
屋敷の机に向かい「今年の春はそなたと花の下で月見をしたい」と文を書きながら、ふと顔を上げて微笑んだ意知。誰袖に膝枕をしてもらい西行の「願わくば花の下にて春死なん」の句を用いて、お互いに想いあっていることを確認したことを思い出したのでしょうか。
薄暗い花魁の部屋で、誰袖に膝枕をしてもらい、幸せそうな二人の背後にある襖絵が満開の桜だったことに気づかれましたか。
NHK「大河べらぼう」公式サイトより 襖絵の桜の下では膝枕で桜を愛でることができたのに…
本来なら、二人で桜を愛でる“夢”が現実に叶いそうだったのに。
“襖絵に描いた桜の木の下で想像した夢”だけで終わることを知っているだけに、この美しい場面は、ことさらに哀しさを感じました。
意知と誰袖のうれしそうな笑顔は、ほんとうに胸が詰まりましたね。
“男前が好き!”の言葉で苦界吉原を生き抜いてきた誰袖落籍の日、武家装束を纏い髪型も化粧も変わり、すっかり若奥様という落ち着いた雰囲気になった誰袖。
蔦重に別れの挨拶をする時、突然両手で蔦重の顔を包み「このお顔には随分、お世話になりんした」と目を潤ませました。「嫌なお客のときには、いつも心のうちで兄さんの顔を被せておりんした。」と。
少女の頃から「男前が大好き!」と公言して憚らない押しの強い性格だった彼女。花魁になってからも「好き好き」モードは変わらず、明るいけれど本音のわからない女性でした。
けれども、トップクラスの花魁とは言えども、実はそういうキャラを演じ吉原の勤めを耐え忍んできたのだなと思うと、改めて吉原という一見華やかな場所が、いかに女性にとって“苦界”であるかということを感じます。
心の中に「間夫」さえいれば生きていけるという腹を括って生きてきた瀬川とは異なり、誰袖は、「男前」にこだわることで自分をささえ吉原を生きてきたのですね。
そんな、彼女を本にしたいという蔦重。「幸せをつかんだ花魁のストーリーは吉原で生きていく女性たちの励みになる」と。
一番右側が松葉屋の瀬川花魁「青楼美人合姿鏡」北尾重政・勝川春章筆
これぞ、瀬川と蔦重の二人が見る“夢”。
「吉原を、女郎がいい思い出、いっぺぇ持って大門を出て行けるとこ」そんな場所にすると話していたことを思い出します。
身請けされ吉原を出ていく瀬川に贈った本が『青楼美人合姿鏡』でした。
吉原の桜並木「吾妻源氏雪月花ノ内」 「花」 歌川豊国(3世)(歌川国貞(1世)||画
吉原の「仲之町」通りの桜並木で花びらをはらはら散らす桜を見上げる誰袖と蔦重。
「今夜は花雲助(意知の狂歌名)に会えるのか」と聞かれ、「今宵は2人、花の下で月をみようと」微笑む誰袖。本当に幸せそうな笑顔でした。
そんな微笑む誰袖の姿に被せるように、江戸城では、刀を手にした佐野政言(矢本悠馬)が田沼意知に斬り掛かかる……まるで鬼のような脚本の展開に悲鳴をあげた人も多かったようです。
桜を仰ぎ見るという行為でも、将来の幸せを想像し微笑みながら見上げる男女もいれば、無念の思いで見上げる息子もいる。そして、花をつけない老木の桜に腹を立て、抜刀して斬りかかる老人もいる。
【後編】では、哀し過ぎる運命を辿った“桜”と “父と息子”を考察していきます。
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