賭け事しない奴は野暮?なぜ江戸時代は大奥や子供までも”ギャンブルの虜”だったのか?【前編】 (3/4ページ)
そして、家康を信奉していた八代将軍・徳川吉宗も『公事方御定書』において、博打を行った者に対する厳しい処罰を定めています。
こうしたルールに寄って遠島や追放などの厳罰が科されることもありました。しかし、それでもやっぱり賭博の根絶には至らなかったようです。
江戸の賭博の定番事実、江戸ではさまざまなギャンブルが人気を博していました。現在はギャンブルというと反社会的なイメージが強いですが、江戸時代は「賭け事の心得が無い者は野暮」だとみなされるほど、手軽な娯楽として親しまれていました。
子ども相手の貸し売りや、江戸城の大奥でも賭け事が行われたというから相当なものです。
江戸時代の賭博の定番といえば、時代劇でもお馴染みの、二つのサイコロを使った丁半博打でしょう。ツボ(ツボ皿)に入れたサイコロの目の合計数が偶数(丁)か奇数(半)かを予想する、きわめてシンプルな賭博です。
