なぜ日本の通貨は「円」なのか?日本円誕生の裏にあった意外な理由と貨幣改革の真実 (2/4ページ)
彼は1869年(明治2年)に貨幣単位を「両」から改め、十進法を採用し、貨幣を円形に統一する改革を提案しました。
大隈重信の「新貨条例」大隈重信の主導で、1871年(明治4年)に布告されたのが新貨条例です。
新貨条例では、まず貨幣の単位を「両」から「円」に切り替え、十進法に基づいて円の下に補助単位として「銭」「厘」を導入しました。
また、金を本位貨幣とし、江戸時代以来の旧1両を新1円とすることにしました。
この新しい1円金貨の金の含有量は1.5gと決められたのですが、偶然にもアメリカの1ドルと同じ価値であったため、外国人にも分かりやすいものとなりました。
そして、貨幣はすべて円形に統一します。
これについてはさまざまな議論が行われました。江戸時代には金貨や銀貨は紙に包んだり箱に入れたりしていたため、四角い方が便利だという意見もありました。
それに対して、大隈重信は次のように反論します。
・日本にも円形の貨幣が存在していた
・四角い貨幣は扱いにくく四隅が摩耗しやすい
・国際的には貿易相手国の貨幣も円形である
そして極めつけがこれです。