映画『おーい、応為』離婚、出戻り、仙人に憧れ…北斎の娘・葛飾応為(長澤まさみ)の破天荒な生涯 (2/5ページ)
本名は栄(えい)、人からはお栄(阿栄、応栄)と呼ばれ、書面には栄女(えいじょ)と記されます。
顔のエラが張っていたらしく、アゴが出ていたため、父からは「アゴ」だの「腮(エラ)の四角ナ女」などと呼ばれていました。ひどすぎる……。
成長して絵師の堤等明(つつみ とうめい。南沢等明)に嫁ぎますが、針仕事はとんとダメ(炊事洗濯掃除も恐らく)。そればかりか夫の画力を笑ったことで怒りを買い、離縁されてしまいました。
家事スキルや意欲はともかく、他人を笑ってしまうのはNGでしょう。こういう世渡りのまずさも、父親ゆずりだったようです。
かくして実家へ出戻った応為は父親の画業を手伝い、時には自身の作品も手がけました。
画号の応為とは、北斎が彼女に「おーい」と呼びかけたからとか、逆に彼女が北斎に「おーい」と呼びかけたからなどと考えられています。父娘が互いに「おーい」と呼びかけ合う関係が面白いですね。
お栄「まったくお父っつぁんと来たら、あたしの名前を『おーい』だと思ってんじゃないかね……いっそ画号を『応為』にしよう!」
北斎「まったくお栄のヤツめ、父親に向かって『おーい』だとよ……アイツの画号は『応為』でいいだろう!」
……と言ったかどうか。
北斎の娘と言われる女性浮世絵師の葛飾辰女(たつじょ)と画風が酷似していたことから、同一人物ではないかとも考えられています。
そんな応為について、北斎は「美人画にかけては応為には敵わない。