徳川家康「未亡人フェチ説」の真相。家康を虜にした“波瀾の側室”たちの共通点 (1/3ページ)

Japaaan

徳川家康「未亡人フェチ説」の真相。家康を虜にした“波瀾の側室”たちの共通点

徳川幕府を開き、戦国時代を終わらせた徳川家康。天下人として圧倒的な知名度を誇る家康には、後家好きという一面がありました。

※徳川家康に関するおすすめ記事

鳴くまで待とう…などの徳川家康イメージは嘘だらけ!リアリスト・家康の真実の処世術と実像

妖怪!?それとも宇宙人?江戸時代、あの徳川家康が遭遇しかけた「肉人」の正体とは?

最初の側室は正室の侍女だった

家康が最初の結婚をしたのは、16歳のころ。相手は今川義元(いまがわ よしもと)の姪とされている築山殿(つきやまどの)です。

家康よりも8歳は年上だったといわれる築山殿は、後世では悪女との呼び名があります。当時、家康は今川家の人質だったことから、年下の夫を見下していたとも傲慢に接していたともいわれています。

「徳川家康「未亡人フェチ説」の真相。家康を虜にした“波瀾の側室”たちの共通点」のページです。デイリーニュースオンラインは、側室春日局大奥徳川家康戦国武将カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る