「アホウの頂上、議員となす」福沢諭吉による政治家を痛烈に皮肉った狂詩が毒舌の極み! (3/3ページ)
果たして、これを読んだ六蔵のリアクションが気になります。
皮肉に怒り出したか、あるいは戒めとして承ったか、それとも言い得て妙だと笑っていたら前途有望かも知れません。
志は道楽の隠れ蓑?諭吉の詩に詠まれた通り、志を立てる者は往々にして道楽が本音であるものです。
「人生最後のご奉公」→老後の道楽に議員でもやろう。
「生まれ故郷に恩返し」→故郷に錦を飾りたい。
「政治を変えたい」→自分の名前を歴史に刻みたい。
お金や利権が欲しい、名誉や名声が欲しい、チヤホヤされたい……等々。
もちろん「そんな事はない!私は心から日本国や故郷を建て直したいんだ!」と心から思っている方も少なくないでしょう。
一方でそのような欲望がまったくゼロな方は、そもそも議員なんて志しません。
なぜならわざわざ議員などになろうとするより、今の自分にできることを、少しでも着実に進めていくからです。
もちろん志≒行動が先にあり、その実現手段として議員を目指す者もいるため、一概には言えません。
それでも志を道楽の隠れ蓑にする手合が絶えなかったことから、諭吉は「あなたはどうなんだろうね?」と問うたのでしょう。
終わりに今回は政治家センセイを皮肉った福沢諭吉のエピソードを紹介してきました。
令和現代のセンセイがたにとって、耳の痛い内容だったかも知れませんね。
しかし彼らを笑ってばかりはいられないでしょう。なぜなら、彼らを選んだのは他ならぬ私たち有権者だからです。
「民主政治の質は有権者に比例する」とは誰が言ったか、日本国民の一人ひとりが少しずつでも意識を行くことが、政治不信を解消するキッカケとなるでしょう。
※参考文献:
本多静六『私の財産告白』近代経済人文庫、2022年11月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan