【大河べらぼう】狂歌師・大田南畝も合格。寛政の改革で松平定信が仕掛けた『学問吟味』とはどんな試験? (3/4ページ)
恐らく「何はなくとも、まずやってみよう」と手探りだったのでしょう。
第2回以降も記録があったりなかったりしますが、わかる範囲でまとめました。
第2回:寛政6年(1794年)237名受験/47名及第(合格率19.8%) 第3回:寛政9年(1797年)
249名受験/35名及第(合格率14.0%) 第14回:嘉永6年(1853年)
200名受験/75名及第(合格率37.5%) 第18回:元治2年(1865年)
71名受験/57名及第(合格率80.2%)
他の回については受験者数が不明、最後の慶応4年(1868年)については成績と合否が発表されておらず、わかりません。
あくまで推測ながら、全体的には最初こそ盛り上がったものの、次第に受験者が減少。また難易度も大きく下げられていったのではないでしょうか。
それでも人材発掘・文武振興を目指した定信の精神は、幕末まで存続しました。
学問吟味の主な合格者は?
ともあれ学問吟味に及第した中には、大いに活躍した者も少なくありません。
遠山景晋(かげみち。金四郎景元の父) 大田南畝(大田直次郎。狂歌師) 近藤直重(重蔵。択捉探検など) 永井尚志(なおゆき。若年寄など) 堀利煕(としひろ。