新選組と渋沢栄一、実は幕末の京都で奇跡的に出会っていた――土方と渋沢が認め合った日 (2/5ページ)

Japaaan

※あわせて読みたい↓

実は「超」が付くほど女好き?徳川慶喜への経済支援も行った「渋沢栄一」ってどんな人?

妾だけはイヤ!豪商の娘から一転して芸妓になり、渋沢栄一の後妻となった渋沢兼子とは?

渋沢栄一が新選組と関わった背景

渋沢栄一は農民の生まれで、子どもの頃から学問を良く学び、商業の才能もありました。25歳の時、交流のあった一橋家の家臣である平岡円四郎に推挙され、一橋慶喜(後の徳川慶喜)の家臣となり武士になります。

その5年後には、一橋慶喜が将軍となり、家臣の渋沢栄一も幕臣となります。新選組と関わったのは、幕臣となって陸軍奉行支配調役という役目についていた時です。その時渋沢は、拠点を京都に移していて、これが新選組と関わるきっかけになりました。

渋沢栄一が武士になり幕臣となって大出世を遂げ、新選組と関わることになるなんて……、運命とはわからないものですね。

「新選組と渋沢栄一、実は幕末の京都で奇跡的に出会っていた――土方と渋沢が認め合った日」のページです。デイリーニュースオンラインは、渋沢栄一近藤勇新選組土方歳三カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る